院詳細
店舗名 | 山手カイロプラクティック整体院 |
営業時間 | 平日10:00〜20:00(受付19:00まで) 日曜日 10:00〜18:00(受付17:00まで) |
定休日 | 木曜日・祝日 |
住所 | 〒231-0845 神奈川県横浜市中区立野1-6 村上ビル1F MAP>> |
交通 | 根岸線 山手駅より徒歩6分 |
電話番号 | 045-883-1373 |
お子様連れのお母さんへ
- 広々としたフラットな空間で、ベビーカーでそのまま入ることができます。施術中も目の届くところで遊んでいただけるのでお母さんも安心です。
- 完全予約制で他の患者さんと一緒になることもありませんので、気兼ねなく施術を受けていただけます。
- お子様が泣いたり、ミルクを欲しがったり、騒いだりしても、施術を一時中断したりして、柔軟に対応させていただきますので、ご安心してお越しください。
- DVDを再生できるテレビをご用意しております。お気に入りのアニメーション映画などありましたら、ご遠慮なくお持ちください。
【ご利用上の注意点】
※ベビーベットはご用意しておりませんので、赤ちゃんの場合ベビーカーでお越しください。
※衛生面の問題でオモチャはご用意していません。お気に入りのオモチャや塗り絵などをご持参いただけると良いかと思います。
※ご予約時にお子様連れの旨、お申し出ください。
※遅刻など予期せぬことが重なりますと、他の患者さんと重なる場合がございますので、その時はご了承ください。
ごあいさつ
山手カイロプラクティック整体院のホームページに お越しいただきありがとうございます。
院長の小東祥浩です。 体の痛みや痺れなどの不調で、好きなスポーツが思いっきりできなかったり、生活が制限されるって辛いですよね。 私自身、以前に坐骨神経痛を患い徐々に思うように体が動かせ無くなり、長時間の電車通勤で立っていることが辛くなり、かといって長く座ると足が痺れてきて辛いと言った症状を長年抱えてきました。
脳神経外科、整形外科、接骨院、鍼灸院、マッサージなどどこにいっても改善しなかった症状が、たまたま行った整体院での数回の施術で劇的に改善したことに感動し、私自身も体の不調で悩んだり困ったりしている方々の力になれたらとの思いで、整体の道に入りました。
その痛い辛いを一緒に改善させていきましょう。 みなさまが以前の生活と明るい笑顔を取り戻すお手伝いができれば幸いです。
プロフィール
名前 小東 祥浩 (こひがし よしひろ)
誕生日 1966年5月27日
出身地 兵庫県宝塚市
現住地 神奈川県鎌倉市
最終学歴 京都産業大学 外国語学部卒
家族構成 奥さんと娘二人、犬5匹(ラブラドール2匹、トイプードル3匹)
職歴 某精密機器販売会社にて営業や販売推進を職務として約20年勤務
趣味
・シーカヤック・サーフィン
海が近いので自然と始めました。たしなむ程度ですが。
・MTB
鎌倉から逗子にかけての山を飼い犬と一緒にマウンテンバイクで走ります。
・ダウンヒル
マウンテンバイクの一つのカテゴリで、夏のスキー場でゴンドラで山頂に上がり山の中にあるコースをひたすら下ってくる競技です。一番はまった趣味で日本シリーズのレースにも参戦していました。
でも、寄る年波には勝てず。。。
・バイクツーリング
ハーレーに乗ってます。放浪癖があるので時間ができるとプラプラ出掛けます。軽井沢には毎年行きます。2014年夏には2週間かけて北海道を一周しました。
・トレーニング
ダイエット目的で始めたジム通いですが、今ではトレーニング自体が趣味で15年以上続いてます。開院してからは空いた時間にここでやってます。ご希望の方にはコーチングしますよ。
・読書
会社員時代はビジネス書や自己啓発本をよく読みましたが、元々は小説が好きです。今は、東野圭吾さん、石田衣良さん、本多孝好さんとか面白そうな小説をジャンル問わず読みます。
・飲むこと・食べること
お酒は大好きで若い頃は流し込むように飲んでましたが、最近は量が減りました。ビール・ウィスキー・ワイン・日本酒・焼酎なんでも飲みますが、美味しい料理に合わせてお酒を選ぶようになりました。食べることも大好きで、食べものは好きか大好きしかありません。良いお店があったら是非教えてください!
・散歩
飼い犬2匹を連れてよく海まで散歩します。往復5キロくらいプラプラ歩いてます。
・好きな言葉
「人にしてもらいたいと思うことは、あなたがたも人にしなさい」 有名な黄金律ですね。 「成功するには、成功するまで決して諦めないことだ」 鉄鋼王アンドリュー・カーネギーの言葉です。
私が山手カイロプラクティック整体院を開院した理由
※自己満足で書いてます。ご興味のある方のみお読みください^^;
人の健康をサポートしたい!様々な症状で苦しむ人たちに笑顔を取り戻し思うように生活できるようになってもらいたい!そう思いこの職業を選んだのは、自分自身の辛かった経験と、それを救ってくれたある整体師との出会いがあったからです。
サラリーマン時代
時はバブル時代。日本中が浮かれまくってた頃に大学時代を楽しく過ごし、自分が何をしたいのか、どうなりたいのかも深く考えないまま就活し、ある企業に就職しました。
企業相手に事務機器やパソコン関連機器を販売する仕事で、ノルマもあり大変ではあったのですが、同僚や客先にも恵まれそれなりに充実したサラリーマン時代を過ごしていました。結婚も子供が生まれるのも早かったため「このまま定年までこの会社で勤めるんだろーなー。」と何の疑問もなく漠然と考えていました。
身体に異変が 最初に身体の異変に気付いたのは2000年頃でした。仕事の付き合いなどで暴飲暴食に明け暮れメタボになった体型を元に戻そうと、数年前からスポーツクラブに通っていたのですが、トレーニング後の疲労感と回復スピードが右脚と左脚で違うことに気づいたことが始まりです。右脚の方が明らかに疲れやすく回復しにくくなりました。
ただ最初の頃は、自分が左利きであり筋力も左の方が強かったことから、そのためだろうと大して気にもしていませんでした。 その後、鎌倉に引っ越し、海と山が近かったこともあり、いろいろアウトドアな趣味が増えていきました。
自然の中での遊びはとても楽しく魅力的でどんどんはまっていきました。ですが、ハマればハマるほど右脚の違和感はどんどん大きくなっていきました。シーカヤックは細長い艇に下半身をすっぽりはめ込み固定するのですが、海に漕ぎ出してしばらくすると右脚が痺れてきてじっとしていることができません。サーフィンやMTBでも身体のバランスがうまく取れなくなってきました。その頃には常に右脚は痺れるようになっていました。 仕事にも支障が出始めました。
通勤の電車でもじっと立っていることが辛く、座っても太腿が圧迫されて痺れが酷くなりじっとしていられない。営業なので歩くことも仕事なのですが1日歩き回ることができなくなりました。仕事の集中力もなくなり夜も辛くて寝つけません。騙し騙し生活しているような感じです。 最初に違和感に気付いてから8年が経っていました。
ある整体院との出会い
足の痺れは既に指先まで達しています。指先を摘んでもなんとなく感覚が鈍くなっているような気がします。 ここにきてようやく「やばい」と思い始め、なんとか治そうとあちこち行き始めました。
整形外科、脳神経外科でレントゲンやCTを撮りましたがどこも悪くないと言われ、接骨院やマッサージ、鍼灸院に行っても全く効果がないか少し軽くなる程度、次の日には元通り。 途方に暮れている時にカイロプラクティックというものを知りました。 その頃には自分は坐骨神経痛だということは分かっていましたので、インターネットでいろいろ調べていくとカイロプラクティックは「人の不調の根本原因を探して、人間が本来持っている自然治癒力を引き出していく」ものであり、坐骨神経痛にも効果があるらしいということを知りました。 藁をもすがる思いで家から一番近いカイロプラクティック整体院に電話をし予約を入れました。 この一本の電話をしたことが私の人生の大きなターニングポイントとなりました。
初めてその整体院で施術を受けた後の感想はただ一言「驚喜」でした。 変わった検査をされ、うつ伏せ仰向けを繰り返して関節をグルグルされ、うつ伏せで骨盤の下に三角のブロックを入れられ時々足を捻られる。最後に仰向けで頭の下に手を入れられじっとしているだけ、そんな施術だったのですが、終わって立った時に身体全体がとても軽くなっているだけでなく右脚の痺れが半分以上無くなっていることにとてもびっくりしました。 数回の施術で足の痺れはほとんど気にならなくなりました。たまに出ても一晩寝れば治るようになりました。その後も定期的にメンテナンスには通いますがサーフィンもMTBも元の通り出来るようになりました。
これからの人生について
この症状に苦しんでいた頃、私はこれからの自分の人生について考え出すようにもなっていました。 浮かれたバブルの頃に、真剣に考えず決めてしまった自分の人生の方向性について今更ながら考えるようになりました。今の仕事が嫌いな訳じゃない。
人間関係にも恵まれた。特に不満があるわけではない。でもこのまま進んでしまっていいのだろうか。自分は何がしたいんだろう。 もともと人間の身体、健康に関しては興味を持っていました。スポーツクラブに通って健康増進のためにトレーニングしたり、独学で健康管理士の資格を取ったりもしていました。 また「人のために何かをする。」ということに自分が意外と向いていることにも気付き出していました。
40歳近くになり営業の第一線から外れて営業支援という立場に回り、その業務が意外と楽しかったんです。 ここで「自分の仕事」と「カイロプラクティック」が結びつきました。 人が健康な身体で行きていくための支援を仕事にする。 思いついた瞬間、頭の中で道が開けた気がしました。 私がしたかったことはこれだ!! そう思いました。 ちょうど、お世話になった整体院の先生が整体スクールで講師をされていることを聞いていました。 技術の確かさは自分の身体で実証済みです。 私は他のスクールを検討することもなく、このスクールに入学しました。それがJN整体スクールでした。
二足の草鞋
平日昼間は会社員、平日の夜と日曜日はスクールという生活が始まりました。 正直言って睡眠時間もあまり取れず身体はきつかったのですが、自分で信じて決めた道を進んでいるという充実感で気持ちはいつも前向きでいられました。 授業はとても楽しいものでした。JN整体は「治る本物の技術を!」がモットーのスクールです。
講師は全員が整体院を開業しているベテランの先生ですので、大きな学校と違って画一的にカリキュラム通りに進むわけではなく、講師が実際に現場で使っている、本当に治せる技術を教えてくださるという、とても実践的な勉強法です。 そしてこの学校には技術の認定はあっても卒業はありません。個々が納得いくまで、師匠や講師の方々の認定を得られるまで勉強し、認定をもらえたら隣接する整体院で臨床研修に入り実際に患者さんを施術することになります。
そこでは症状ごとに使用するテクニックの組み立て方や患者さんの体力に合わせた力加減やテクニックの使い分けなどの技術的なことだけでなく、治療家としての心構えや自信など内面的なことも身につけていきます。どこまでも実践的なスクールです。 私もここで長期間の勉強と臨床実績を積みました。最初は技術も未熟でなかなか治療効果を出せなかったのですが、経験を積むごとに自分でも上達していることが実感できるようになりました。 そして臨床研修に入るタイミングで20年勤めた会社を退職し、私の二足の草鞋は終わり、本格的に整体師として生きて行く道に入りました。
山手カイロを開院
長期にわたる臨床研修を終え、師匠や講師の方々にも認めてもらい、2015年1月、山手に整体院を開院することができました。 これも、時に厳しく時に優しく指導いただいた師匠や講師の方々、ともに励ましあいながら学び苦楽を共にした仲間達、そして20年のサラリーマン人生を捨て整体師という全く異なる道へ進むとことを文句も言わず背中を押してくれた家内がいたからこそ出来たことだと思っています。 感謝してもしきれません。
開業場所に山手を選んだのは街の雰囲気が好きだったからです。元町や本牧に挟まれ昔ながらの横浜の面影を色濃く残し、山の手と下町っぽさが上手く調和したとても落ち着く雰囲気が好きです。 まだ開業して数ヶ月ですが、多くの患者さんにお越しいただき「よくなったよ!」「また山登りができるようになりました。」など沢山の喜びの言葉を頂くことができ、私自信ここで開業できてよかったと幸せな気持ちでいっぱいです。 私個人の力はほんのわずかです。
世界中の人々を救うなんてことはできません。ですが、縁あってご来院いただいた患者さん一人一人と、真摯に向き合ってできる限りの努力をしていきたいと思っています。 開業したからといって、治療家としての勉強に終わりはありません。
技術はどんどん進化していきます。 ご来院いただいた患者さんにいつでも最良の施術が提供できるよう日々怠りなく精進していくつもりです。 「人の健康をサポートしたい!様々な症状で苦しむ人たちに笑顔を取り戻し思うように生活できるようになってもらいたい!」 最初に志したこの思いはこれからも変わりません。 どうぞ末長くよろしくお願いし致します。
長文、駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。
2015年6月 小東祥浩